高校生が大人になるためにするべきこと・・・かぁ

今日ね、子供の通学している高校の文化祭、学園祭?があって・・・カミさんと行ってきた。まぁ近いし。


静岡県立磐田北高等学校
子供たちの学校の文化祭って、自分にしては珍しく、比較的よく行くイベントになっている。上の子はもう高校卒業しちゃったけど、そっちも毎年行ってた気がするし・・・

カミさんが「行こう」って誘うからってのもあるんだけど、あまり気乗りしない場合はそれでも行かないからね。


って書いてて思い出したけど、自分自身が高校生だった時、確かその学校は文化祭と体育祭を合体したようなのをやってたんだけど、まぁ当時バリバリの進学校だったし、基本真面目な校風の中で、年間通じて唯一のお祭り期間って感じのイベントだった。


その文化祭兼体育祭、自分は高校生活の3年間、実は一度も参加しなかった。

あの頃は本当に学校行くのが嫌で、努力の中心は
「いかに少ない勉強量で、赤点取らずに進学して卒業できるか?」と
「いかにギリギリまで落第せずに休めるか?」だったので、
例えば登校日数に含まれない夏休みの補習(って言っても、進学校なので全員がほぼ強制参加)は全て休んだし、文化祭とかも行く価値を感じなかったので、ほぼ行かない期間になってた。


クラスメイトがお祭り騒ぎしているのを、冷ややかに見て過ごしていた感じ?

だから子供たちの文化祭に来ても、正直今一つピンと来ていない感覚はいつもある。
そうかといって、「もったいないことしたなぁ」とか「こういう年代でしか出来ないことだったよなぁ」って感想も持たないのは、価値観がやや偏ってるんだろうなぁ、やっぱり。

その文化祭が新聞に取り上げられてた


でね。
アイキャッチ画像がそれなんだけど、中日新聞にこんなのが取り上げられてた。

著名人、熱意に返信 磐田北高生「人生の助言」依頼

 磐田市の磐田北高校の生徒たちが、将来の生き方についてアドバイスをもらおうと、各界の著名人に送った手紙に、小説家の瀬戸内寂聴さんや落語家の三遊亭円楽さんら約三十人から返信があった。「好きなことを見つけて」「やり直す勇気も大切」といった内容で、生徒たちは「将来の励みになる」と喜んでいる。返信は八日の同校文化祭「さみどり祭」で展示する。
 学校創立百十周年と令和元年の節目となる文化祭の目玉として生徒会が企画した。四月に全校生徒八百三十一人からアドバイスを受けたい著名人を募り、五月上旬に学校紹介と「大人になるために私たちがすべきことは何か」を尋ねた手書きの手紙三百通を、生徒会のメンバー二十四人が中心となって送った。
 メンバーの一人は「返信があるか心配だったけど、挑戦することが大事だと思った」と振り返る。生徒たちが手紙に込めた熱意が伝わったようで、五月下旬から郵送や電子メールで返信が届き、七日までに約三十通が寄せられた。
 返信があったのは、寂聴さんや円楽さんをはじめ、誰もが知る映画監督や小説家、人気の芸人やダンサー、サッカー選手、若手の大物政治家などそうそうたる顔触れ。
 丁寧な手書きやA4用紙六枚にびっしりと書かれたメッセージ、イラストやサイン、本などを添えた返信もあった。鈴木真人校長は「どのアドバイスも高校時代の自分に向けたような内容で、温かみや優しさが伝わってくる。生徒たちにとって貴重な経験になった」と感謝する。
 三年で生徒会長の青島史歩さんは「今やるべきことが分かり、将来への目標意識が高まった。全校生徒で共有し、高校生活に生かしたい」と話している。

中日新聞静岡 2019年6月8日朝刊より


実際の手紙が展示されているブースにも行ってきた。なんでもSNS拡散による問題に配慮し、写真撮影禁止になってたけど、確かに地域の著名人宮澤博行議員や渡部修市長などから、エグザイルのAKIRAさんとか・・・彼、磐田市出身なんだね?

あと、小泉進次郎議員とかデーモン小暮閣下とかビートたけしさんとか・・・よくこんな人達からの返信を貰えたなぁって顔ぶれだった。


当然なんだろうけど、皆さんそれぞれ、すごくいいこと書いてあって。しかもありきたりのことじゃなくて、結構「その人の高校生時代にどうしたかったか?」って部分にフォーカスしてある感じがして、そこがすごく面白かった。


・・・ってかそれよりも、すごいね!今時の高校生!

何よ!「大人になるために私たちがすべきことは何か?」って!

そんなこと考える?

返信のあった誰かも書いてたけど、自分の高校生時代、そんなことかけらも考えてなかったわ。
早く大人になりたい、って常に思っていたのは覚えているけど、それは「大人になったら得られる権利」を早く欲しかったぐらいだったなぁ・・・あ、もちろん権利には義務がセットになってる、ってのは全く理解していなかったんだけどね。


どう?世の大人の皆さま。
高校生のとき「今すべきこと」なんて考えてた?

勉強とか?
そう言えば、勉強って書いてた人、ほとんどいなかった気がするなぁ・・・少なくとも返信してくれた人たちは、「勉強より大事なものがあるんじゃない?」って考えてるってことなんだなぁ・・・

じゃあ、折角なので考えてみるか!

自分も高校生たちに、同じことを聞かれたらどう答えるか?
「高校生の私たちが、大人になるためにすべきことはなにか?」という質問に。


えーとね、

今やりたいことをやればいいんじゃね?

以上。


え?ダメ?

だって、「~すべき」って「~しなければならない」じゃないよね?「~しなければならない」ってのが「義務」としたら、「~すべき」ってのは、「努力義務」ってところじゃない?

「大人になるために、努力すべき義務」なんて、あるわけないじゃん。
みんなやりたいことなんてそれぞれなんだし、やりたいことをやりゃあいいじゃんねぇ?

あぁ、そう言えばさっきの著名人からの手紙で、とても意外なことを意外な人が書いていたんだけど、「それは礼儀と作法、他人を思いやる気持ちを身に着けることだ」って内容だった。
まぁ若干違うかもしれんけど。一通り流し読みしただけなので。でもって、その時は「なんか的外れだなぁ?」って感じたけど、努力義務として考えるならよく分かる。

うん、そういうのは一生涯生きていくための大切な指針となるので、努力義務としてはとてもふさわしい。
持ち合わせていない大人が多いだけに、ぜひ持つべきものだろう。


けどさぁ・・・ほかに必要?


努力は「やりたいからやる」ものじゃない?


「やれって言われてする努力」って嫌じゃない?


人って生きている限り「今日やること、やらないこと」を選択し続けてるの。
それは生まれた時から死ぬ時まで変わらない。

変わるのは、選択できる内容とか量とか大きさとか、そういう部分だけ。


自分のその選択で一日が決まり、その選択の連続が人生になっていく。

だから、高校生が別に特別じゃない。大人になってもやっていることは同じ。


じゃあ、どうする?


それだけ!


いいじゃん、勉強やりたくなかったらやらなけりゃ。
それでどうなるか、考えてみて、続けてみて、ある日突然「やっぱり私はそんな人生は嫌だーー!!」って思うなら、そこから勉強するべきだし。
「遊ぶほうが大事!人生なんて知らない」ってんなら、そういう人生になる。


自分の高校生のころなんて、な~んにも考えてなかったよ。日々のゲームのほうがよほど大事だったし。
その結果、今の自分がある訳だから、誰のせいでもない。


別に後悔してないよ。
そりゃあ、タラレバ的なものはキリが無いけど、全てを選ぶ訳にはいかないんだから、選ばなかった先のことは気にしすぎても仕方ない。


やりたいものがまだ見つからないんだったら、それを探すのもいい。
自分の全力を傾けるべき目標とか夢とか、そういったものが見つかったとき、それまでどう生きてきたかはさほど問題じゃない。
これからどう生きていくか、だ。


自分の個人的見解として、高校生レベルでの学校の勉強は、実生活・実社会ではまぁ役に立たない。大学進学という特殊選択のためだけに必要なスキル、というのが自分の評価だけど、だからと言って「高校での勉強なんて無駄」ではないよね?


どういう過ごし方をして、どういう努力をして、それがどういう結果になったか?
それは大人になっても同じ。

いや、むしろ大人になってからが本番。
なぜって、大人は「勉強しなくても生きていけるから」
学生みたいにカリキュラムがある訳でも無いし、いつも誰かが指導してくれるって訳でも無い。

勉強は義務じゃなく、なんなら怠っていたとしても日々の生活は続いていくから。


で、どうする?


それは大人も子供もみんな一緒。
「自分で考えて、自分で決めて、自分の足で歩いていく」ってだけ。


大丈夫!
人間はみんな「自分が考えている自分」になっていくから。


誰のせいでもない。


まぁ、ここからは余談だけど。
高校生っていう未成年の場合、まだまだ親の庇護下にあるわけで、全部自分の自由意志で人生を決められるってわけじゃあない。

親の都合、親の考え、親の指示のもと、「自分のやりたい自分」を否定されることもあるかもしれない。


なぜって、人は自分の選択に合わせて、それに見合う「義務」とか「責任」を負うもことがあり、
高校生は、全部自分で決める能力は持っていても、全部自分で責任を取れる訳では無い場面が多いから。

これも大人になってからも同じ。


相応の「権利」には「義務」が、「自由」には「代償」がついて回ることが多い。
必ずではないけど、ほとんどは。
だから子供の考えを否定する親の気持ち、よく分かる。

「お前にはまだ早い!」って


だけどね、自分は人の親として、自分の子供の選択は最大限尊重したいと思いはじめている。

いや、必ず認めると決めている。信じると決めている。


これまで必ずしも出来ていなかったことだけど、これからはそうすると決めた。
変えられるのはいつだって、「これまで」じゃない、「これから」だ。


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