介護医療院に思うことをツラツラと


って言うかね、ほとんど興味も無いから知識も無かったよ、介護医療院って。
仕事として「興味が無い」ってことは、イコール「仕事に関係無い」って考えているってことで、実際これまでのところ、それで全然問題なかった。


いやね、全く関係無いかって言うと、そういう訳ではないのが、「うちの法人の近隣では、どういったところが、どれくらいの規模で、いつ頃介護医療院に転換してくるか?」っていうのは、むしろ仕事での大問題ど真ん中な話な訳なんだけど。


なぜって、医療の世界でも小売業でいう商圏と同じ考え方に、「医療圏」っていう言葉があるんだけど、その医療圏の構図が大きく変わるのが、他の医療機関が「病床機能を転換する」っていうものだから。


コンビニ店オーナーの立場でさ、同じ商圏で昨日までパン屋さんだったお店が、今日からコンビニやりまーす、みたいな話。あるいは、ご近所のコンビニが閉店しましたー!みたいな。「なんだってぇ!」ってなるよね?
まぁそういう意味合いでの興味の無さであり、仕事での問題、というレベル。

だってコンビニ店オーナーじゃねーし。だけどコンビニバイトぐらいの立ち位置ではあるので、「なんだよ、あそこがコンビニ始めたらそっちに客流れるじゃねーか」くらいの危機感はある、そんな感じ。


まぁそんな話をツラツラと。

はじまりはうちのボスの一言から

えーと、「うちのボス」と言うと自分の職場のことか、七五三のことか分からなくなるかもだけど、ここでは自分の職場のほうね。俗にいう「中小の病院」にカテゴライズされる法人に勤務中。


なので、ここのボスってのはそれなりの従業員を束ねる、まぁ普通の会社で言やぁ「取締役」のひとりかな?「代表取締役社長」では無いけど。
このボスがある日、こんなことを言い出した。


「なんか介護医療院シンポジウムってのがあるみたいなの・・・ゆたこさん、あなた行ってきてくれない?出来れば誰か目端の利く子を連れて。」


「承知しました。介護医療院をうちでやるか、本格的に検討するんですね?」


「絶対やらないわよ」


ええええーーー・・・
だったら別に行かなくていいじゃないの?とは言えず。


「でもね、周りはやり始めているでしょ。これから始めるところもあるわよね?
そうすると、うちにどんな影響があって、どういうところが弱点なのかを知らないと、対策たてられないじゃない?
だから、その材料を集めてきて。」


まぁ一字一句同じでは無いけど、大体こんな感じのことを仰られた。


確かに言う通りだ。

「だったら自分で行けばいいじゃないですか!」

なんて言えるなら、今のポストには就いていない。余計な事は言わないほうがいいということを知っているだけだ。
それに、うちのボスの性分からして、本当に自分が欲しい情報は誰よりも先に取りに行くので、部下に任せている時点で「そこまで最重要な情報とは考えていない」ということだろう。



ここは素直に、見分を広める機会を得られたことに感謝しつつ、先日、介護医療院シンポジウムなるものに参加してきた。

そうそう、たまたまだけど前回のエントリーで書いた同僚A君と一緒に。

介護医療院って在宅なんだね!?

ところで介護医療院。
群馬の施設だけど、こんな動画があった。


うん、介護医療院の基本コンセプトはこんな感じ。

代表的な特徴としては、「医療を提供する」「生活の場としてプライバシーを尊重する」という、これまでに無かった2つの価値観を融合させた、ということらしい。

つまり、病院はこれまで医療は提供してきた。だけど、生活の場では無いため、ずっと住み続けることは出来ず、生活するためのプライバシーにも配慮しない。そんな常識だった。

一方で、特養や有料老人ホームなど、「終の棲家」としての生活場所を提供する施設も増えてきているものの、やはり医療的な提供は限定的なところが多く、「具合が悪くなった場合は病院に搬送を・・・」とか、「医者が常駐していないので、出来る対応策は限られている」といった課題を多く聞く。

それら必要な医療と生活の場としてのプライバシー提供の両立。これまで出来なかったことをやってみようという、そういう施設として創設されたのが介護医療院と言う訳・・・らしい。


いや、素晴らしいとは思うよ。
実際、生活の場に必要な医療を提供する、というコンセプトで介護医療院をやっているところもあって、そこで生活する人にとっては正に理想的な「終の棲家」となるのだろうなぁ・・・って思う。


思うけどさ。


もともと介護医療院って、病床再編とか、介護療養型医療施設の後釜として無理やり整備されたとか、そういう医療保険制度・介護保険制度の「都合」によって生み出されたもの、っていう感覚でしか理解していなかったので、それを完全に払拭することは出来なかった。


つまりね、イメージとして介護医療院が持つ「在宅扱いの施設」っての、なんか取って付けた感が強すぎるんだよ。
施設の類型として、「在宅でありながら医療を提供する」っていうのは、介護医療院の本質的な特徴だとしてもさ、実際に介護医療院に転換しているのは、もともと医療「だけ」しか提供してこなかった病棟とか、「生活の場としてのプライバシー尊重」なんて、かけらも考えたことが無いような施設がほとんどなんだよね。


「介護医療院になりましたから、今日からここは生活の場です!」って言ったところで、入所している利用者さんは多分ピンと来ないだろうし、第一職員がピンと来ていないんじゃないかな?


あくまで、制度に乗って、ちょっとでも報酬が大きい選択肢として、経営主体が選ぶままに「病院」がいつの間にか「生活の場」に変わっただけ・・・なんて施設が多いんじゃないのかなぁ?

もともとそう思っていたけど、今回のシンポジウム参加で、その思いを消すことは出来なかった。



厚労省はね、ここのところは露骨にそういうことをするんだけど、追い込み漁のように一方向に誘い込むんだよね。具体的には、創設当初は報酬を優遇したり基準を緩めにしたりして。
それで、ある程度・・・厚労省が「このくらいは転換してもらう必要がある」と思っている量を満たしたら、次の報酬改定で「はしごを外す」ってのをやる。


これまで何回も繰り返されてきたので、おおよそ医療機関にしろ介護保険施設にしろ、知らない訳は無いんだよ。
それで言うと今回の介護医療院も、在宅扱いの施設って部分がはしごを外す部分なんじゃないのか?っていう気がしてしょうがない。


シンポジウムの参加者からはさ、「介護医療院は在宅である、というのは大原則なので、ここが翻ることはありません!」みたいな感じで喋ってたけどさ。

結局、実際に介護医療院をやっている施設での運用如何では、在宅を外す可能性、無くはないよね?って思う。
「結局、今までの病院や介護療養施設と同じ生活環境ですね。これで在宅というのはやはり無理があります。」
という厚労省の論法、出てこないかな?


つまり、介護医療院が継続していくかどうかは、今現在介護医療院としてやっている施設が、どれだけ個人のプライバシーに配慮した、生活の場を提供出来るかにかかっているんだろうなぁ?って。

まぁうちの法人としては、介護医療院はあまり上手くいってもらうと困るから、出来れば早々に「はしごを外して貰いたい」ほうなので、そういった期待半分やっかみ半分なんだけど。
介護医療院に舵を切った法人は、戦々恐々じゃあないだろうか?

先のことなんで、あて推量だけどね。



ところで・・・

「A君、シンポジウム聞いて、どうだった?」

「あぁ、介護医療院とは全然関係ない部分なんですけど、ある人が言っていた職員への周知の仕方、うちの法人もやっていったほうがいいなぁってのがあって・・・」

やっぱりA君は自分とは全く違うところに興味を持ったか。そうでないと2人で来た意味ないもんね。


「なるほどね。ところで今日はこのまま帰るの?」


「一杯、やってきます?」

時刻はちょうど終業時刻・・・いや、正確にはちょっと前。


「じゃあビール一杯だけ飲んでくか!」

それぐらいの役得はあってもいいよね?


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