世間ではそれを壮大なブーメランと呼ぶ

・・・のかどうかはともかく。

久々のブログ更新っていうのは、結構気が重いことが多く、よほど書きたいと思うようなことがあるか、もしくはよほど更新しなくちゃっていうプレッシャーがあってのことってのがベースにあるのね。
それで言うとここ数年だいたいそんな感じなんだけど、今回は特にそういった「気負い」みたいなのはない。
ただなんとなーく「書いてみたいなぁ」って感じで書き始めているだけなので、ラストまでそのモチベーションが続くか、内容がそれなりにまとまるか、そこのところはとても不安がある。

こういう冒頭の部分ってのも割合どうでもいいことから書き出すんだけど、それなりに小ネタというか、そういうのを用意していたりするんだけど、今回はそれすらも特に無く・・・

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あぁそういえば、最近キンドルアプリの無料マンガ本を読む機会が結構ある。無料で提供してくれるのには訳があって、ほとんどが「全体の一部だけ」が無料って感じ。続きが読みたくなったらどうぞ購入してくださいっていう、いわゆる試供品なんだけど、それでも多分週替わりぐらいのサイクルで新規のタイトルをいくつか入れ替えてくれるので、暇つぶし程度には十分。今のところ、それで購入にまで至ったことはないけど、激しく続きを読みたくなったのはいくつかあり、そのうちアマゾンの戦略に嵌ることになりそう。
あ、キンドルってアマゾンが運営している電子書籍だからね。

で、いつだったかその無料マンガ本のタイトルに「MMR」があった訳よ。「マガジンミステリー調査班」略してMMRね。知ってるかな?いろいろと有名なAAを排出したマンガなんだけど。

20160515002

とか。

20160515003

とか。
これが元ネタ。AAぐらいなら見たことあるんじゃないのかなって思う。

多分これね、私が高校生ぐらいのときに始まったマンガなんだけど、UFOとか心霊現象とかESPとか・・・いわゆる超常現象の謎を解く!って感じのやつ。
段々と予知とか終末論とか、そういうのを大きく扱うようになってきて・・・あ、もちろんマユツバなんだけどね、年代的にちょうどノストラダムスの世紀末人類終焉説なんてのもあり、結構大きなブームになったこともある、そういったマンガ。

これを久々に読んでみた訳だけどさ、もうね、びっくりするくらい面白くない。展開が単調とか、しょせん子供向けのマンガだからとか、そういった問題じゃなく、読み続けるのが苦痛なレベル。
なんでそうなるの?ってやっぱりこのマンガの中で扱っている「予言・予知・疑惑・警告」って、2016年の今となってはもうすでに過ぎ去っているもので、結局ほとんど信憑性に欠けていたものだってのがはっきり分かった上で読んでいるから。
「1999年に人類は滅びます!」って言われても、「ふーん、そう」って鼻くそほじって聞き流せるでしょ?

だけどね、当時は結構面白かった(ってか興味深かった)のを覚えている。もちろん、ほとんど創作だってのは分かっているんだけど、でもひょっとしたらそういうこともあるかもしれない、って思いながら読んでたからだろうね。

まぁここだけの話、私の人生設計において、「1999年で人類が滅亡する場合」ってのを実は織り込んでいた気がする。あくまで仮定として。「じゃあそれまでに○○しておこう」「□□もやっておきたい」「これは放置しておこう」っていう判断基準が、確かにあった気がする。
それをマンガとか予言のせいにするつもりは毛頭ないけどね。
だから、晴れて2000年になったとき、多少困った気分になったのは間違いない。

話が違う、と。

 

それはそれとして。

予言と言えば、記憶に新しいところで熊本の大地震。被災された方々のご不孝・ご苦労を思えば不謹慎極まりない話なんだけど、この地震は予言されていたって説があるのご存知?
もちろん、大きな事件・事故があると大抵この手の話が出てくるもので、今回もそれと同様のものかどうか、正直区別はつき難いんだけど、今回はひとつおまけがある。

それは、「4/15に熊本で地震が起こる。次は5/17の南海トラフ地震に備えよ。」というもの。

さて、どうだろう。
言ってもあと2~3日後には大勢が判明するだろうけど。

・・・ちなみに。
例えば、「2014年 予言 答え合わせ」とかってググると、主な予知・予言とそのアタリハズレを見ることが出来る。
興味ある人はいろいろ調べてみるといいけど、なかなか当てるのは難しいみたいだね。今回もそれであってほしい。
「2016年 世界恐慌」なんてのもマコトシヤカに囁かれてるけど、ここいらも実に怪しい話だ。本当にそうなるのなら、誰にも話さず全力で売り抜ければいいのに、なんて思うのは、私が利己主義の小人物ってことだな。

ぶっちゃけた話、予言だの予知だの、あまり信じているほうではない。昔は信じていたが裏切られたからとかそういうことではなく、経験上、ああいうものは当たることもあるし外れることもある、とそういう風に思うようになっている。
つまりどちらもありうる話で、そうであれば、どちらかを盲信するのはまず愚の骨頂と言わざるを得ない。大事なのは、予言通り事が運んだ場合、そして予言が外れた場合にそれぞれどうしていくか?ってことなんじゃないかな?
本当に南海トラフ大地震が起こったら・・・を想定して、とりあえず助かるために打てる手は打っておくべきだろう。家具の固定とか非常用持ち出し袋の準備とか、当座の水・食糧の準備とか、そういうのはやっておくべきだろう。避難経路とか家族離れ離れになった場合の連絡方法の確認とかも大事になってくる。
だけどその上で、出来れば明るいうちがいいな、とか、出来れば家族一緒のときがいいな、とか・・・原発は大丈夫だろうか?とか、そもそも家潰れないのか?とか、そういった部分は、もうどうこう出来る部分ではないので諦めるしかないと思う。

かと言って、じゃあどうせ地震なんて予知通りには来ないだろうから、とか、どうせ地震が本当に来たら何をしても一緒だから、とかって考えるのも出来ない。これは個人的だろうけど、「勿体無い」と感じてしまう。
だって、わざわざ準備するチャンスを与えられているのにも関わらず、それをスルーするってことだから。

もちろん、そんな準備なんか無意味な結果になることも十分ありうる。ってか、地震来なかったら完全に無意味だよね。
だけど、仮に地震が来た場合。そしてほんのちょっとの準備が明暗を分ける、そんな場面がもし来てしまったら、その時・・・絶対後悔するよね。それも一生ものの後悔になるはず。チャンスを貰えたのに生かさなかったことになってしまうから。

自分にはそれが我慢出来そうもないので、予知が当たった場合と外れた場合の両方を考える。

そして実際の地震の備えを何もしていないことにここで気付いた。

 

んー・・・「心構え」だけでも準備しておくかな。
わざわざ振った割には大変お粗末な結果だけど。

 

ところでこの発想って、日常生活とか仕事とか、いろいろな場面で応用できる考え方でもあると思う。
それを分かっていながら活用出来ていないのも自覚しているんだけどね。
完全に「おま言う」状態になってきたからこの辺にしておくね。そうか、こういうのをブーメランって言うのか。

 

ところで、もう一方の「2016年 世界恐慌」はどうなるだろうね?
一応全力で売る準備はしているけど、全く覚悟が無い。恐慌があっても無くても、指くわえて見てるだけな気がする。
でもって、本当にあったら仕事無くなってんじゃないのこれ?


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